アルソウム連合王国における法の支配

 アルソウム連合王国は成文憲法(アルソウム部族法)を基礎とした立憲君主制国家です。

 アルソウム部族法とは1000年以上前にアルソウム族の六つの支族が南大陸の東端にあるウジュホロド地方を出て西に向かった時(六祖西征)、指導者である6人の青年と支族の間で交わされた「12の大契約」に始まる、部族のあり方を規定する法律群のことです。六祖西征から400年ほどはアルソウム族は文字を持たなかったので、部族法は口伝えで継承されました。初めて部族法が文字で清書されたのは898年のことです。

 この「大契約」のうち第一の契約「信義と奉仕」、第二の契約「自由な意見の保証」はアルソウム族の指導者の独裁を事実上禁止したもので、以後1000年を超えるアルソウム族の歴史を形作る基礎となりました。

第一の契約 アルソウム族の全ての成人は筆頭者を信じ、これに従う。アルソウム族の筆頭者は全アルソウム族への奉仕者として考え、決断する。

第二の契約 アルソウム族の全ての成人は筆頭者に自由に意見を伝える権利を持つ。筆頭者は自分と異なる意見を述べたアルソウム族を、そのことにより罰してはならない。

アルソウム部族法「大契約」より

 これらの条項からもわかる通り、「法の支配」の考え方はかなり発達しています。イギリスの法律にかなり似ていますね。また部族法の冒頭の12条の「大契約」は議会の全会一致でなければ廃止・修正出来ないですし、これらの「大契約」と矛盾する条項は高等法院の審査によって無効となる場合があります。高等法院の審議官は「六冠の主」と議会が半々で指名して就任させることが出来ます。審議官の弾劾裁判を議会が行う権限もあります。

 最高権力者を含めて法律を遵守しなければならないという点で、連合王国は北斗の拳みたいな無法の世界の対極にある世界です。ですから大学の法学部を出た人間は引っ張りだこで、イェビ=ジェミも当初はファイスを傭兵修行ではなく大学に行かせようとしていました。

 ちなみに最高権力者である「六冠の主」クルサ家の長が法律を無視して何かをしようとした場合どうなるか、ですが、結論から書くと、法律を無視した行動は極めて難しいです。まず、周囲が命令に従いません。

「陛下、それは法律に反しております」

 で命令拒否されて終わりです。

 アルソウム族に対して最も強い権力を持っているのは人間ではなく、伝説の六始祖が作った「アルソウム部族法」と、六始祖を象徴する六つの冠です。「六冠の主」はこのうち冠の管理責任者としてアサインされているだけで、部族法は連合王国議会が管理しており、議会の招集も部族法が根拠になっている。つまり個人としての「六冠の主」の王権で議会が招集される構造ではないですから、フランスの絶対君主みたいに「議会を招集しないことで議会の権力発動を封じる」ことが出来ません。

 最も基本的な考え方は「連合王国は私物ではなく、アルソウム族の歴史を象徴する六つの冠の威光によって統治されるものであり、六冠の主は連合王国の管理を歴史的な全アルソウム族(過去に生きたアルソウム族とこれから生まれてくるアルソウム族を含む)から委託されているに過ぎない」というものです。社内システムの管理責任者に近いですね。

 このように「六冠の主」は各種法律を遵守した上で、彼の個人的な財産や法律によって与えられた権限を使って政治をしています。例えばお気に入りの家臣の爵位を昇爵させるとか、気に食わない家臣の減給や解雇は自由です。

 ただ、ここで注意したいのは、クルサ家の家臣=連合王国の官僚ではないということです。

 クルサ家の私的使用人は王室尚書庁という組織が雇用しており、この組織の職員であればクルサ家の長は自由に昇進させたり降格させたり出来ます。ただしこの組織の職員が担当しているのはクルサ家の家政だけです。私的な家産の管理ですね。

 連合王国全体を管理する公務員は国務院が雇用しており、国務院職員の人事権・指揮命令権は首席大臣が持っています。首席大臣は「六冠の主」が指名し、連合王国議会が承認して着任となりますが、連合王国議会には首席大臣の不信任決議権もあり、これが成立すると「六冠の主」は直ちに次の首席大臣を指名しなくてはなりません。つまり、首席大臣は議会を無視した行動が出来ないということです。

 連合王国には国家予算(=議会承認を必要とする)で雇用されている陸海軍の他、クルサ家の私的財産で雇用されている近衛隊という武力組織もありますが、近衛隊を動かして気に食わない政敵を暗殺するなんてことも出来ません。最高権力者であっても私刑は禁止なので、「部族法に反する命令に従ってはならない」という近衛隊設置法の条文に引っかかってしまいます。

 なんだそれじゃあ王様って言ってもほとんど何も出来ないじゃないか、と思われた方。

 実はそうでもないです。例えば自分の意見に近い立場の人間に爵位を出すことで議会構成を変えるとか、自分の直轄領に自分の個人的なお金を投資して産業を振興するといった形での「政治」は出来ますし、これはと目をつけた有能な人物を王室尚書庁の職員として出世させた上で国務院や財務庁に転職させるなんてことも可能です。

 つまり、アルソウム族・アルソウム連合王国は急激で極端な変化は起こさせないけれども、もう少しゆっくりとした形での変化を試みる余地は族長である「六冠の主」にかなり与えている、と言えます。

 とはいえ、最高権力者にしてこれだけの制約がかかっているくらいですから、連合王国で下々が法律を無視して暴力でやりたい放題というのはなおさら「あり得ない」のです。

 どんな英雄豪傑も魔法使いも、人口2000万人の法治国家の法執行能力には抗しえません。

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