アルソウム連合王国における結婚の諸相

公式発表ですがイニシュアとファイスは結婚しています。

宗教婚ではない(新郎と新婦が異なる宗派、具体的にはファイスがアサブでイニシュアはウランゲリの民族宗教)ので、披露宴ではひとまずファイスが所属する枝族(この場合はマハラビエ侯爵家家中、ゼルワ傭兵組合、レオン通り住民)に婚姻成立の事実を確認してもらってから、この時点での夫婦それぞれの財産目録と結婚後の資産管理の契約書を公文書館に納入して手続き完了となります。

ファイスの場合は父の残した金貨が主な財産、イニシュアは家船です。これらの資産を使って事業を営んだ場合の収益についての権利、二人の子供であるアリュタドマとベルイアヴァクが親の資産を相続する場合の割合などを決めて公証人に公正証書であることを証明してもらった上で、二人の現住所であるマハラビエ侯爵家ゼルワ本邸を管轄する公文書館(侯爵邸敷地内にありますが侯爵家の指揮命令権は及びません)に保管されます。

作品世界は民法のうち家政に関するものは主流派民族(アルソウム族)のみが対象の部族法*1、同一宗派でなければ宗教婚も行われない、という社会なので、婚姻関係の成立を周知する披露宴によって知識として夫婦(や同性パートナーシップ)の存在を共同体に埋め込みます。

財産関係の扱いだけは商法(帝国法)で処理されます。

何故、婚姻関係と商法が関係するかというと、主流派民族の部族法の法域に含まれない少数民族や同性パートナーが家族を形成する際に、商法における組合の規定を使って財産を管理するようになったという歴史が作品世界にあるからです。

夫婦や同性パートナーを事業組合として届け出るわけです。

作中に登場するカップルで言うと、イェビ=ジェミとブレイも少数民族同士の結婚なので部族法に則った家長*2の承認という手続き(これが法律婚に相当)を取っていません。レオン通り住民やゼルワ傭兵組合のメンバーが二人の夫婦としての日常を目撃しているということが、「二人は結婚している」という事実の存在証明になります。

明確には描かれていませんが作中の同性パートナー関係(ハルディンと男性パートナー、オトと女性パートナー)も枝族による事実確認と資産管理の書類の公文書館納入によって、法律婚や宗教婚と同等の法的権利がパートナーシップを結んだ二人に保証されます。

第二部でタンボラ親王家がブレイに提案していた重婚も法律上の問題は無く、実際にポリアモリー、ポリガミー関係を商法を使って構築している人々もいるようです。

作中で宗教婚をしているのは鬼畜先生で、これは世俗法(部族法)を無視して結婚してしまえるある種の飛び道具になっています。鬼畜先生はこの法理を悪用してマハラビエ侯爵家の継承権を捨てたわけです。

さらにツァルガは頃合いを見計らって、近所の村娘との秘密結婚という爆弾を放り込んだ。大貴族の長男であれば同じ格の大貴族の娘と結婚するのが当然とされるアルソウム連合王国において、これは決定的な醜聞とされた。

アルソウム族の部族法では結婚には家長の許可が必要である。

だが、シムロン家の宗派であるアサブ教では、聖職者となって二〇年以上の者の司宰で結婚式を行えば、それで結婚は成立したと見なされる。公認四宗派の聖堂内で世俗法は適用されないから、この結婚は部族法違反と言い立てても結婚を無効にすることは難しい。

世俗法と宗教法のいずれに対しても最上級裁判権を持っている王室最高裁判所にまで訴訟を持ち込めば無効にできる場合もあるが、それは醜聞の炎に油を注ぐだけだ。

ツァルガはどこまでも悪辣であり、法律と宮廷政治の裏の裏まで知り尽くした男であった。この時、ツァルガの結婚式の司宰を務めた男は、聖職者でありながら酒癖が悪く、借金も多いので有名であったが、結婚式の謝礼で綺麗に借金を返済できたと聞く。

*1 この時点でウランゲリがアルソウム族の分派であるという学説は公知のものとなっていないので、イニシュアはアルソウム族扱いではありません。仮にイニシュアがアルソウム族扱いとなった場合、この時点でファイスが所属している家は「マハラビエ侯爵家(シムロン家)」なので、マハラビエ侯爵による婚姻の承認手続きが入ります。ファイスがマハラビエ侯爵家の家臣になる以前であれば母親のスピルキ・リラが家長です。イェビ=ジェミやブレイはアルソウム族ではないので部族法の家族法の法域には入っていません。

*2 アルソウム部族法には家長制度が残っていますが、男性でも女性でも家長になれるので「家父長制」ではありません。

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