読者様の疑問を解説しようとしてみる

道しるべの歌」の長文の感想を頂きました。ありがとうございます。

その中で、色々とご質問も頂きましたので、回答をこちらにも転記しておきます。

1) クレフェの村役人は何故あそこで簡単に引き下がったのか

 村役人はもともとよそ者同士のいざこざなどどうでも良いと思っている上に、チェレク連隊というのは普段から街道警備などでお世話になっているので、元チェレク連隊で武勲を立てて帰ってきたんですよという話になった時点で「ならこっちにつくか」となりました。クレフェの住民はアマゾンの社員みたいなもので、自分のところで収益が上がっていればユーザーの誰が正義であるとか、誰が悪であるとかには興味が無い人たちなのです。

 なお、直談判に行った傭兵たちは剣を抜いたわけではないので、何の法律にも抵触していません。剣を抜いて脅してしまうとこれはアルソウム部族法に抵触しますし、傭兵たちはみな親方資格を持っている士業なので、何をしたら業法に引っかかるかは熟知しています。

2) 有翼騎兵は何故、損害を出し続けながら突撃を3度も繰り返したの?

 日本人だと長篠の戦いを思い出す人が多いでしょうけれど、モデルとなったのは1605年にポーランド・リトアニア共和国とスウェーデンの間で戦われた「キルホルムの戦い」です。この戦いでは2600人程度のポーランド・リトアニアの有翼騎兵が10000人のスウェーデン軍を1時間かそこらの突撃で粉砕してしまったという、バグかなにかあったんですか的に意味不明な戦いです。当時のポーランド・リトアニア共和国の騎兵突撃はプログラムにバグがあるとしか思えない破壊力がありました。

 作中のヤファイ軍もそれくらい「勝った経験」しか無い状態で戦場に出てきているのと、目の前のたかが1000人の歩兵方陣を壊せばその先には世界最大の貿易港が待っているというので、ムキになっているのでしょうね。それと、反乱軍は歩兵の練度が低すぎてチェレク連隊相手には役に立たないという計算もあったかと。士気も練度もMAXな精鋭の複合歩兵(オランダ式大隊のイメージです)2000人が縦深の深い防御陣地の奥で砲兵と騎兵とセットで三兵戦術の準備をしていたら、まともな士官や下士官もいない寄せ集めの歩兵では突破出来ないかと思います。

3) アルソウム海兵隊がトゥーバの戦いで使った大砲について

 作中の大砲は榴弾ではなく対艦戦闘用の鉛の球をそのまま使っています。

 作中で海兵隊が行っているのは跳弾射撃と呼ばれる方法で、ナポレオン時代の基本的な砲術です。敵の集まっているところに水平撃ちして地面にバウンドさせながら歩兵をなぎ倒すという考え方で、仰角を付けて撃ち込む曲射と比較して敵兵の殺傷率が3-30倍程度だったとされています。この撃ち方だけは歩兵連隊の参謀が教えたんでしょうね。「狙いは適当で良いからバウンドさせて敵の方陣に突っ込ませろ」と。

 「兵站の王」に出てきますがチェレク連隊のヴァンカレム参謀はあの(作中でも知力最強キャラの一人の)イスベル子爵すら手球に取る超やり手です。たしかヴァンカレムはチェレク連隊の連隊長になってからもう一度、イスベル子爵に吠え面をかかせているので、実は作中で一番性格が悪いのはヴァンカレムなのかも。

4) 有翼騎兵がダメなら歩兵で行けば良いのでは

 守る側のチェレク連隊が丘の上に布陣しているので、歩兵を進軍させようにも1度に横に並べられる人数がせいぜい100人くらいで数の優位を生かせないのと、そもそもまともに訓練を受けていないチンピラみたいな歩兵しかいないので、士気も練度もロシア軍みたいに低いわけです。しかも丘の上には大砲が10門並んでいて、歩兵に前進させれば跳弾射撃で砲弾が打ち込まれてくるので、あっという間に逃散ってしまうと思われます。だから主人公が「ここを抜くなら同じ練度のプロを5倍連れてきて損害を顧みずにひたすら力押しするしかない」と言ってるんですね。

5) トゥーバの戦いに参加した両軍の補給はどうなってるの?

 ウィシチェ川という大きな川(ライン川のような)沿いに敵軍が進撃してきているので、食料は全部水運で運ばれています。これは迎撃側も同様です。人口20万の都市は(実は前日譚の「兵站の王」で詳しく書かれているのですが)民族的には反乱軍と同じグディニャ人が大多数で、そこに異民族であるアルソウム人の貴族が支配層として乗っかっている構造なので、それこそプーチンが考えていたように、反乱軍が来たら貴族は逃げて都市はあっさり降伏するとみんな予想してます。だから、アルソウム連合王国が大慌てで最精鋭を送ってなんとかしようとしている状態です。

6) 人口20万のイグリム市、反乱軍は落とせるの?

 作中は技術的にはヨーロッパの1700年頃を想定しているのですが、この時期にはもう大砲の破壊力が城壁の防御力を上回っているので、籠城戦というのはこの世界ではほとんど選択されません。日本の城みたいに土塁ベースだと砲撃にも強いんですけどね。

 以下、「兵站の王」の当該部分です。

「「マンガマウの代官のカルサンは態度が悪いことで有名です。ランカラヤ家への忠誠心ももとよりカケラも持っていない。得な方に迷わず付くでしょう。それどころかカルサンがヤファイ軍を呼んだんじゃないかという噂すら流れています」

 国境の谷からマンガマウまでは五〇里(およそ八五km)ほど。三月一五日に国境を越えて三月二六日にマンガマウ入城とは、おそるべき進撃速度だ。この勢いを放置しておけば、ウィシチェ川の流れに乗って半月後よりも早くイグリムまで来てしまうだろう。

 騎兵だけならまだ良い。騎兵には城壁は破れないからだ。

 だが、グディニャ国内から集まった反乱軍がどこかから大砲を集めて来たら、イグリム市の城壁はそう長くは持たないはずだ。イグリムは古代から栄えた町だから、城壁の設計は大砲が登場する以前のものである。石を積み上げて高い壁を築き、要所要所に側防塔を配置した構造で、これは攻め手が投石機と弩くらいしか持っていなかった時代ならば難攻不落であっただろう。

 しかし、現代の大砲を使われたならば、五日かそこらで壁に穴を開けられてしまう。そこから反乱軍という名の暴徒が何千人、何万人と雪崩込んで来れば、イグリムは陥ちる。キュレム商会が買い付けた錫も戦利品として奪われる。それどころか敵の進撃速度次第では、イグリムに残りの錫が着く前にグディニャ川の水運が使えなくなる可能性すらある。」

兵站の王 Commissary General ―アルソウムの双剣Vー

 作品世界でも古い時代の石壁の外側に土塁を足して砲撃への防御力を強化する技術はあるのですが、コストがかさみすぎるので連合王国の首都ゼルワの一部(王宮がある北側部分)でやってあるくらいだと思います。戦争は基本、野戦ですね。

7) 主人公イェビ=ジェミは何で剣や銃に興味が無いの?

 銃を持たずに旅に出たのは、そもそも彼はあまり戦うことが好きではない(本人はまだ気づいていない)のと、かなり銃規制が強い社会なので公務外で銃を携行する機会が少ないからです。これも別作品「竜が居ない国」でイェビ=ジェミがクライアントに説明してるのですが、市街地で装填済みの銃を携行して良いのは、公務員あるいは王室の勅令状を携行している公務員が私的に雇う護衛だけと法律で決まっています。

「今のは?」

「わかりません。刺客の可能性があったので対応しました」

 

 短銃に弾と火薬を再装填しながらイェビ=ジェミが答える。

 

「いきなり発砲して、怒られないかな?」

「勅令官に向かって四人で剣を抜いた以上、攻撃の意思が有ろうが無かろうが制圧されても文句は言えませんよ。勅令官の護衛のための短銃の携行は自治都市の中でも認められています」

 

竜が居ない国 Land without Dragons ―アルソウムの双剣VI―

 彼は武器に無頓着というわけではないのですが、戦うことも武器も実はそんなに好きじゃないので、まあそこそこ使えれば良いやくらいの感覚です。イェビ=ジェミが双剣(実は作中最強のマジックアイテム)を疎ましく思っているという描写はシリーズ中に何度も出てきます(笑) 出来れば使いたくないんだけれど、どうしても自分の腕と双剣の戦闘力を合計しないとクリア出来ない仕事が来てしまうので、捨てるに捨てられず、普段は物置に放り込んで目に入らないようにしているんですね。

 これは3作目「湖賊」で彼の弟子が双剣を貸してもらったときの描写ですが

「ちなみに、当のイェビ=ジェミはこの紋様にさしたる興味を持っていない。これは何かと仲間に聞かれても、首を傾げてみせるだけだ。だから、この双剣には名前も無い。腕自慢の傭兵たちが愛剣におどろおどろしい名前や可愛らしい女性の名前をつけているのとは大違いである。イェビ=ジェミは双剣を単に「仕事用のやつ」「いつものあれ」などと呼ぶだけだ。

イェビ=ジェミがこの剣を愛用している理由はただ一つ、道具として優れているからである。服の上から斬りつけても簡単に相手の体に傷を負わせられるくらい良く切れて、その切れ味は長持ちして、しかも硬いものに当たっても刃こぼれもしなければ、折れたり欠けたりすることもない。普通の剣や包丁であれば、硬く切れ味が良ければ欠けやすいし、欠けにくければすぐに切れ味が鈍るのだから、まるで魔法だ。

 不思議な剣なのである。

 もう一つ不思議なのは、この剣を処分するときには是非、うちで買い取らせてくれと武具商たちが頼みにきても、絶対に諾と言わないことだ。師匠はこの双剣を大事にしているのか、疎んじているのか。さっぱりわからない」

湖賊 Bandits on the Lake ーアルソウムの双剣IIIー

 銃の方はまず町中で試射をしたら法に抵触するということと、もう急いで出発しないといけないということで、とりあえず機関に問題がなさげなのを選んで、あとは道中で試射してみたんじゃないかと思います。フリントロック式のピストルなんで実際に使うのは敵から数メートルまで接近してからでしょうね。

8) 何故組合はラツモの家族から金を取り立てないの?

 組合が追っ手を出したのは、お金を回収するためではなくて、組合の自治のためです。

 連合王国の組合は基本的に勅許あるいは領主の許可を得て法人格と各種の法的保護を貰えるのですが、その条件として、組合内の自治、つまり組合員が行儀の悪いことをしたらちゃんと組合で処分をしてくれよというものが求められます。

 イェビ=ジェミが風呂につかっているあたりでこんな記述があります。

「このような組合内の自治は、組合設立の勅許状にも記された組合の義務であり、ここを疎かにすると勅許が取り消される可能性がある。だから、不始末を起こした組合員は徹底的な取り締まりを受ける。」

道しるべの歌 Waymark Songs ―アルソウムの双剣I―

 ラツモも見習いとはいえ紙類卸組合加盟事業者の社員として紙市に参加しているので、貸付けたお金を持ったまま行方不明になったとなると、これは組合としても色々な意味で捨てておけないわけです。もしもこの状態でラツモが次の悪さをして捕まると、まずはその土地の管轄の紙類卸組合に身分照会が入り、そこからラツモの雇用主が加盟するレナ市の組合に問い合わせが来て、このガキは何故こんなところで悪さをしているのでしょうかという責任問題になってしまう。ラツモは解雇しましたがちょっと聞きたいことがあるので見かけたら捕まえてくださいという回状も近いうちにレナ市の組合から出されますが、それはそれとしても、「組合としてはちゃんとすぐに追っ手を出しました」という形を作っておかないと、事業停止3ヶ月みたいな処分が王室から降ってくる可能性が無いわけではない、そんな事情です。

 以上ですが、質問やご感想はどんな手厳しいものでも大歓迎です。

 今後ともよろしくお願い致します。

余談:「アルソウムの双剣」は本当にファンタジーなの?

 ファンタジーにしては魔法もモンスターも出てこないと言われる「アルソウムの双剣」ですが、実は表に出て来ないだけで魔法も竜も物語に深く関わってきます。

 「双剣」は端的に言えば強力な魔法を秘めた出所不明・正体不明の剣ですし、メインヒロインの一人ブレイは普通の人間じゃありません。イェビ=ジェミは普通の人間ですけれども、双剣に選ばれてしまった「双剣の運び手」で、だから何度双剣を手放そうとしても戻ってきてしまう。

 シリーズのメインストーリーはもうあとは最終章「アルソウム継承戦争」を描くだけのところまで進んでいますが、そこではタンボラ族の血を引くウィルナ、ウォラグネ族の血を引くスフィル、ウランゲリ族とアルソウム族の血を引くアリュとベルの双子、クルサ家の血を引くグウィルなど、連合王国を形作る様々な民族が「アルソウムの六冠」の行方を巡って巨大な渦に巻き込まれていきます。もちろんソルや黒衣の男、チェプサリ先生も大活躍させますよ。ええ。

 そして新しい時代の扉を開けるのは全ての始まりとなった「双剣の運び手」イェビ=ジェミと「女神の娘御」ブレイの夫婦のはずです。

 「双剣」はアルソウム継承戦争の終結とともに役目を終え、ゼルワ王宮の「双剣の間」に封印される。

 そういうお話です。

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